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ベンチには無事たどり着いたものの、ジャージ姿だったので開始前の挨拶には当然参加できなかった竜也と浩臣
しかし渡島は咎めることはなく、他の部員たちも笑っているだけ
ただ一人、祐里は「何で私らの曲が流れたんだろ」と青ざめていたが、竜也から光たちが来てたぞと教えられて「知ってたよ」と軽く返した

「美緒と松村が友達だったとは知らなかったわ」
竜也がそう呟いたのを聞き、「え、松村も来てるの? それは知らなかったわ」とさすがに驚いた様子

「もう試合始まってるんだから雑談ばかりしてるんじゃないよ」
スタメンを外されて手持ち無沙汰な安理からそう注意され、竜也は苦笑しつつ両手を合わせて謝罪の意
祐里も何事もなかったようにスコアをつけ始めたので、竜也は浩臣の隣に座ることに

「さっき監督に言われたんだけど、“コールド”なりそうだったら代打で使ってくれるって言ってたわ」
グラウンドに視線を送りつつ、浩臣は事も無げに呟いている
俺には何も言ってなかったんだよなーと思いつつ、快調なピッチングを披露する久友に拍手を送る

「しかしまあ、マジでスタメンそのまま使われるとは思わなかったわ」
1回表を終え、久友とグータッチを交わしてまた着席した浩臣は竜也にそう呟く

打席に向かう大杉にベンチから声援が送られているが、竜也は未悠から貰ったリストバンドを見て目を細めている

「嬉しそうだな。今日打席に入れればいいな」

相手が“格下”とはいえ、そう簡単にコールドに出来る展開になるとは思えないわけで
初回の攻撃が鍵になると踏んでいたが、竜也が“抜擢”した大杉、賢人の連打からスタートした猛攻

初回に5点を取るなど、5回を終えて9-1の一方的な展開
6回表も久友が3人で抑え、その裏の攻撃

1死後、和屋に代打千原を送ってヒットで出塁すると(代走那間)、渡島は浩臣に声をかける

「この回で終わらせるぞ。行け」
1打席目以降凡打だった大杉に代わり、浩臣を代打で指名する

はい! と浩臣が応えて立ち上がると同時、渡島は竜也に「伊藤が出たら次はお前だ。準備しとけ」と耳打ちして定位置の一番前へ戻って行く

そのやり取りが聞こえていたようで、浩臣は「じゃあ繋いでやるよ。美味しいとこは竜に譲るわ」
そう軽口を叩くと、ヘルメットとバットを受け取り打席へ向かって行った

急に出番が来そうな展開になり、竜也は一度天を見上げる
やばいな、いつもの“ルーティーン”できてないわと思いつつも、渡島に促され『ネクスト』に向かうことに

見慣れないリストバンドをつけていることを祐里に茶化されつつ、竜也は浩臣の打席に目を向ける

初球を完璧に捉えたその打球は3塁線を鋭く抜く
あまりに打球が早すぎたので那間は3塁ストップで、1死2,3塁の『サヨナラ』の絶好の場面が回って来た

相手ベンチが思わず伝令を走らせると同時、竜也は徐に打席に向かう
代走で安理が送られたのでベンチに戻って来る浩臣とグータッチを交わしつつ、“準備不足”だけど何とかなるかなーという思いがあった

球審に代打ですと告げると同時、球審は一塁を指差している
へ? と竜也が戸惑っていると、球審は再び一塁を指差して“敬遠。一塁へ行って”と指示

マジかよ...あからさまに落胆した感じでバットを持ったまま竜也が一塁へ向かっていると、3塁側ベンチから冬井が足早にやって来た

「お疲れ。ベンチに戻れってさ」
促され、まるで凡退したかのように項垂れつつベンチに戻る竜也に対し、打席に向かいつつ京介が「僕が終わらせて来るから。君は2回戦で好きなだけ打ってくれ」とエールを送る

「私は敬遠されるとわかっていて杉浦を代打に送ったんだぞ」
渡島がニヤリと笑いつつ茶化すと同時、ベンチとスタンドから大歓声が上がる
竜也がそれでグラウンドに視線を向けると、前進守備の外野をあざ笑うかのように京介の放った打球は左中間を転々としていた

揉みくちゃにされる京介を尻目に、竜也は一人浮かない顔
祐里がそれを窘めると、竜也は“バッティンググローブ”を手に取ってみせる

使い込まれてだいぶ傷んだそれを見て笑みを浮かべつつ、「これをくれた人にヒットで恩返ししたかったんだよ。最後の大会だしさ」と告げると祐里は小さく微笑んで頷いた

「十分恩返ししてくれてると思うけどな。春と夏でどれだけ打ったのって話さ」
小さくそう呟きつつ、祐里は歓喜の輪には加わらずに帰り支度を始めている
竜也も同じように帰り支度を始めてるのを見て、戻ってきた浩臣は「来るの一番遅くて帰るのは一番早いのか」と茶化す

「グラウンドに立っていた時間も一番短いからさ、今日はえらい疲れたよ」
竜也がそうおどけてみせると、いつの間にか渡島がその背後に立っている

「そんなに疲れたか。なら明日のオフはゆっくり休んでいいぞ」
まさかの労い。嫌味としか思えないそれだったが、美緒に言われていたのでそれはある意味渡りに船

宿舎に戻った後、竜也は祐里に明日の予定を話している
「よかったら一緒に行かね?」

さすがにナイショでの外出は憚られたのでお誘いをしてみるが、祐里はつれなく「ゴメンね、やること山のようにあるのさ。私の分も楽しんできなよ」とちらっと笑みを見せる

「そっか。バッティンググローブ新調してもらうのかぁ」
どこか寂しそうに祐里が続けたので、すぐに竜也は首を振ってそれを否定する

「にゃ、美緒がそう言ってたってだけな。俺はあれを変えるつもりないし」
言って、いつもの見開きポーズでおどけつつ竜也は部屋に戻る

竜也とすれ違うように渡島がやって来て、部屋に戻ろうとする祐里を呼び止めた

「何だ、せっかく杉浦に誘われたのに断っちゃ可哀想だろ」
しっかりと会話を聞いていた渡島がいつものように茶化すと、祐里はすぐに被りを振る

「いいんですよ。別の女の子と遊びに行く話なんですから」
やれやれという感じで祐里がそう言うと、渡島は意味深に微笑んでいる

「なら尚更じゃないか。そんな急を要する用事はなかったはずだが?」
言われ、祐里は洗い物やデータ収集とか色々溜まってるんですよねと返すとすぐに渡島は顔をしかめて首を振る

「洗濯は業者に頼んであるだろ。そしてデータの分析は私に任せておけと言っておいたはずだが?」
渡島がそう諭すと、祐里は下を向いてふふと笑っている

「けどですね、1回断っておいてやっぱり行くって言うのもちょっと恥ずかしいんですけれど」
祐里がそう呟くと、渡島はそれなら問題ないだろと言って廊下の先を指差している
それに従って祐里がそちらに視線を向けると、そこには竜也がよっという感じで右手を上げていた

「美緒に怒られた。ちゃんと祐里も誘わないとダメでしょ、ってな」
竜也がIphoneの画面を見せながらそう言って近づいてくると、渡島はニヤリと笑みを浮かべていつの間にか姿を消している

「仕方ないなぁって、ホントは美緒と2人きりで出かけたいくせにさ」
祐里が照れ隠しにそう茶化すと、竜也はいつもの見開きポーズでしっかりと見据えた

「いや、そもそも松村も一緒に来るって言ってるんだけどな」
竜也がそう言って笑うと、祐里はお手上げのポーズ

「なおさら私必要なくね? まあ、誘われたから行くけどさ」
言って、祐里はいつものようにあははと笑うとまた明日ねーと言って部屋に戻って行った
ん、何で急にと思った竜也だったが、廊下の片隅で安理が悔しそうにハンカチを噛んでいる姿を見かけたので全てを察した
めんどくさい見なかったことにしようという感じで、何事もなかったように自分の部屋にさっさと戻って行った